| 矢野恒太(やのつねた)と日本国勢図会(にほんこくせいずえ)について 矢野恒太は、慶応元年12月2日(明治5年太陽暦採用により1866年1月18日に相当)に現在の岡山県で生まれ、明治35年(1902年)に第一生命保険相互会社を創立しました。矢野恒太は、保険業界のみならず統計、公衆衛生、社会教育など各方面に功績を残し、『金利精覧』、『ポケット論語』ほか多くの著作でも知られています(昭和26年9月23日逝去)。 数ある著作の中でも、昭和2年(1927年)年に著した『日本国勢図会』は、矢野恒太の青少年教育への思いを具体化したもので、その初版の序文に「編者が若し教育家であって、幾人かの青年を預かったなら、本書に書いたことだけは何科の生徒にでも教えたいと思うことである。本書は講堂のない青年塾の一部である」と記しています。 初版発刊は、わが国初の国勢調査(1920=大正9年実施)から遅れることわずか7年で、当時は統計が十分に整備されておらず、青少年が客観的な判断力を養うために統計の普及が求められていました。そうした時代に、『日本国勢図会』が貴重な統計年鑑の一つとして多くの人に読まれ、民間の統計年鑑としては希有の歴史を有するものとして今日に至っています。教育界における本書への信頼は厚く、入試問題や学習参考書の基礎的な統計データブックとして広く利用されており、産業界でも、会社経営あるいは講演会の資料として役立てられています。 書名にある「図会(ずえ)」は、あることを説明する為に図を集合させたものという意味で使われています。日本で最も古く「図会」を書名に用いたものとしては、万物を図入りで解説した図説百科事典『和漢三才図会』があり、矢野恒太が、国勢全般の図説百科事典をイメージして『図会』を用いたものとされています。 |